人生の夏休み 〜ロンドン駐夫の記録〜

「どうも、キャリアウーマンです」なワイフにライフを激しくコントロールされまくる、日々をまったり過ごしたいアラフォー終わりたての中年男子です。 職場の理解も快く得られ、晴れて休職。子供(姉・弟)と共に、妻の転勤、駐在に帯同する形で地球の裏側まで引っぱられ、ただ今初めての駐夫・専業主夫を経験中。 ほぼ同内容のInstagram【ID : @pondotaro】をこちらで清書。渡英前の事なども順不同でつぶやきます。

IgA血管炎・イギリス闘病記⑪ プレイチーム

3月 3日(水):
発症22日目入院15日目

朝、急に大部屋に移れと言われ慌ただしく移動。
血液検査、検尿の数値が良く、もう回復が十分とみなされ徐々に日常に近づけていくらしく、その一環での引越しらしい。

先に大部屋にいたのは2組。
1組目は生まれたばかりの赤ちゃんとそのお母さん。
一時的にいただけの様ですぐいなくなった。
2組目は1歳くらいの男の子とそのお母さん。
イスラム教徒のようで、決まった時間になると礼拝を始める。
6床分の大部屋で1床分のスペースはまあまあ広くとられていたので、個室と比べてもスペース的に手狭になった感じはしなかった。

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食事は徐々に取れるようになっているのだが、看護師からFortiniを飲め飲めと言われる。
体重が24kgあったのが19.5kgくらいまで落ちておりその回復のためにプロテインが必要で、Fortiniにはそれがふんだんに入っているらしい。。。が、あまり美味しくないのでなかなか進まない。
イチゴ味のFortiniに変更してもらったところ、これはまあまあ気に入ったようでこの日は125mlのボトルを3本飲むことができ、ノルマを達成。
食事の記録を見せると、「何を食べたか?」よりも「何カロリー食べたか?」の方に重きを置いているようだった。

夕方になり、今度は背中が痛いと言い出した。
寝る姿勢を変えたり、トイレに行くために抱きかかえたりするとひどく痛がる。
幸い、回診に来ていたドクターが病棟に残っていたので、捕まえて診てもらった。
IgA血管炎の症状では無さそうだが、やや背中が腫れているようにも見えるので、少し様子を見て明日検査してみようと言われた。
やっと回復してきたというのに、新たな症状にまた不安が募る。

妻が近所のSOEUL PLAZA でぽたぽた焼きを買ってきてくれた。
これが大好きな息子は完全に入れ食い状態であった。
食欲に関してはもう心配無さそうである。
便の調子も良くなり、この日で紙おむつ生活も終了。


3月 4日(木):
発症23日目入院16日目

朝からまたFortiniをのめのめと言われる。

 そんなにこの飲料がすごいのか?

と思うほど、のめのめと言われる。
シリンジに一回5ml~10ml入れて、何か食べるタイミングに合わせて飲ませているのだけど、やはり息子的には不味いそうで、なかなか進まない。

小児科病棟にはプレイチームという方たちがいる。
彼らは入院中の子供たちを見回って、退屈しないようにおもちゃやゲーム、DVDの貸し出しなどをしてくれる。

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息子も薬で安定している時間帯は暇を持て余していたため、彼らの存在はかなり有難かった。

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病院によってプレイチームの持っている予算も差があるようで、St. George Hospitalに比べ、Kingston Hospitalはかなり充実していた。

St. George Hospitalはジェンガが最高クラスの貸し出し玩具であったが、Kingston HospitalにはNintendo Switchの貸し出しがあり、また、驚いたことにレゴブロックやポケモンのおもちゃなんかもプレゼントしてくれた。
入院期間が長かったこともあり結構な数のおもちゃをいただいてしまった。
これがすべてタダと言うのがスゴイ。。。

そして、この日はWorld book dayというイベント日であったこともあり、プレイチームの方々は本の登場人物に仮装して小児病棟を回っていた。
残念ながら英国の童話に精通しているわけではないので、誰が何の格好をしているのか私はさっぱりわからなかったが、一番目立っていたのは赤髪の女性に扮した若い男性スタッフであった。

息子の採血はいつもは午前中にベッドの上で実施するのだけど、また連係ミスがあったようで、昼食直後に急に

 採血するから処置室に来てください

と看護師に言われて移動。

注射の時に子供の気を紛らわせるために、時々プレイチームの人たちが来てくれることがあるのだけど、この日も処置室に来てくれた。
来てくれたのは一番目立っていた女装男性スタッフ。

 ハーーイ!ハワユーーー!?

って感じで明るく接してきて、手に持ったタブレットを息子に渡して一緒にゲームをして、その隙に針を刺して採血、、、という算段だったのだろうけど、昼食直後の息子は移動で気持ち悪くなったみたいで思い切り嘔吐。。。

処置室が一気にしーーーんと静まり返り、汚物処理でスタッフの方々は一旦どこかに行ってしまい、私たちと赤髪女装男子だけが処置室に残され、シュールな絵面の沈黙時間が数分あった。

移動で気持ち悪くなって嘔吐はしたものの、ベースの体調は順調に回復して来ている。
昨日一昨日と排便が無いのが心配だったが、採血の後に通常便を大量にかました。
腸の動きもだいぶ回復したようだ。

ここで妻と交代。

交代後、息子の背中の痛みの原因を調べるべくMRI検査を受けたのだが、そこでの息子の暴れっぷりがすごかったらしく、妻は交代直後で激しく消耗したそうだ・・・。

で、背中の痛みの原因は、おそらく床ずれ。
確かに同じ姿勢で長時間YouTube見たりしてたからな・・・。

 

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いや、鳥じじいです

去年の今頃、Blue tit(アオガラ)とCoal tit(ヒガラ)とRobin(ヨーロッパコマドリ)が家に営巣しているのを発見し、それがきっかけで小鳥の生態に興味を持つようになった。

慌てて試行錯誤しながら、小鳥たちの営巣模様を追いかけた去年とは違い、今年は寒い時期から巣箱改造、USBカメラの試し撮り、営巣しそうな場所への巣箱設置、などなど、奥様に呆れられるほどの手間を割いて臨んだ甲斐あってか、入居数がハンパない。
発見した順番で記録すると、

1号室.Blue tit
2号室.Robin
3号室.Great tit(シジュウカラ
4号室.Great tit → 営巣放棄後Blue titが入居
5号室.Blue tit
6号室.Dunnock(ヨーロッパカヤクグリ) → 発見が遅く、既に巣立ち済み

4月26日現在でなんと4種6家族様である。
まだ空の巣箱が4つあるのでもしかしたらもう少し増えるかもしれない。

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1~4号室は巣箱。
アオガラ、シジュウカラ、ロビンは樹洞巣タイプと呼ばれるそうで、巣箱のような隔離空間に好んで営巣する。
事前に営巣場所が分かっていることが多いので、カメラを仕込めるよう改造しておくなどの準備もでき、比較的容易に営巣模様が撮影できる。

5号室は、家の壁の中にある空洞。
去年、ここにはCoal tit が営巣していたのだが、ヒナが巣立つときに空洞から直接外にでるのではなく、一旦空洞から家の中を経由して巣立っていった。
巣立ち直後のむちゃくちゃ可愛いヒナを間近で見られるという、ひじょーーーにレアな体験に恵まれたのだが、今年も是非そうならないかなぁ~と期待しているところである。

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6号室は、低い木の枝の中にある巣を偶然発見したもの。
ここの住人であったヨーロッパカヤクグリは、開放巣タイプと呼ばれるらしく巣箱には入ってくれない種類。
かなり木の枝が込み入った場所にひっそりと小さな巣を作っていたので、木の枝にiphoneを適当に固定して撮影。
発見した時点でもうかなりヒナが育っていて、観察3日目であっという間に巣立ってしまった。
開放巣タイプはどこに営巣するか分からないため、短期間ではあったが間近で撮影できたのは非常にラッキーだった。
ここに次の入居者が来ないかな~、などと思いながらちょくちょく巣の様子をチェックしているが、今のところ誰も来ていない模様。

また、今年は是非ともBlack Birdクロウタドリに入居してほしくて色々と工夫をしてみたのだが、うちの庭にはそもそも彼ら好みの営巣スポットは無いようで、残念ながら来てもらえなさそう。夕方になるとよく餌を探しに庭には来るのだが、、、。

現在進行形で営巣中なのは5家族で、とてもじゃないが全ては撮影しきれない。
とは言え最低でも各種類1家族ずつは撮影したいし、記録としてそれぞれ1本のダイジェスト動画にまとめたいと思っている。

ダイジェスト動画の素材集めのために、毎日のように庭でちょこまかとPCで録画を続けているわけだが、小鳥に夢中になっている間は駐夫としての責務である家事もおろそかになりがちであり、時折奥様が庭にいる私に向け

 「こら!鳥おやじ!」

との叱責が飛ぶ。そんな時は、

 「いや、鳥じじいです」

と、謎のマウント返答でメンタルの安定を保ちながら今日も撮影に勤しむのである。

とりあえず、ヨーロッパカヤクグリのダイジェスト動画を作りました。

 

 

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IgA血管炎・イギリス闘病記⑩ 徐々に快方へ

2月27日(土):
発症18日目入院11日目

朝から調子よく食事を始めた。
昨日までと比べ、目に見えて回復していることがわかる。
お粥や味噌汁など、水分多めの食事なら喜んで食べるようになった。
・・・が、少しハイペースだったようで午前10時に嘔吐。

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栄養士の方が来て、Fortiniという飲料、ジョア的な感じ?のものを飲ませるようにと言って置いていった。

一昨日、食パンを食べて吐いてしまった後にドクターが来て、

 パンはダメだからミルクを飲ませよう
 元気になるにはタンパク質を摂らなくてはいけない
 子供用のミルクは今在庫が無く手配したので明日から始めよう

と言っていたのだが、ミルクの手配を二日連続ミスって昨日も今日も届かなかったようで、その代わりっぽい感じでこれを飲むことになったのだが・・・、栄養のあるものを飲むのは良いとして、ミルク一つまともに手配できないスタッフの連携能力というか事務能力のレベルを目の当たりにすると、

 やはりここではまだまだ気は抜けないな・・・

という思いが一層強くなる。

Fortiniは1本200MLで、回復のための今日のノルマは2本とのことであったが、息子的には不味かったようで1本目の半分くらいしか飲めなかった。
私も味見をしてみたのだが、、、例えるなら

 かなり濃厚なフルーツジュース

であり、プロテイン特有のドロッとした感も漏れなく付いてきていたので、これはまだ回復し始めたばかりの息子の胃には重い飲み物だなと思った。

再び来た栄養士に味が合わない旨伝えた所、いくつか別のものを持ってきてくれた。
息子的にはピーチ味なら飲めるかもしれない、とのことだったのでそれに切り替えて明日からまたトライすることに。

ちなみにこれも私が味見をしてみたが、先のものと比べると酸味が少なかったが、重さ的には大差なし。
・・・飲めるんだろうか?

他の食事やおかゆなどは美味しいと言って、チビチビと食べるようになった。
ただ、まだパラセタモールの効果が切れると腹痛を訴え、昨日同様、症状は夜にひどかった。


2月28日(日):

発症19日目入院12日目

この日も朝から調子よく食事を開始。
水、パン、お粥と、昨日に引き続きFortiniも。

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回診の際、食事の記録をドクターに見せ、食欲が戻ってきているということで一週間ぶりに鼻チューブを外してもらえた!!
パラセタモールは経口に切り替えるということで点滴のカヌラも外れ、ようやく配線なし状態に。

 良かったね~!良かったね~~!!

と話しかけて喜ぶも、既に鼻チューブやカヌラに慣れてしまっていた息子的にはあまり劇的な変化は感じなかったようで、息子のリアクションは素っ気なかった・・・。
でもまあ、トイレ補助もし易くなり、見た目の痛々しもだいぶ減ったしで、親としてはかなりの喜びであった。

順調に食事をしていたのだが、16時以降、腹の不調を訴え、それ以降は飲食しなくなった。腹痛はパラセタモールで収まって就寝。


3月 1日(月):
発症20日目入院13日目

明け方から腹痛の訴え。
経口のパラセタモールは心なしか効果時間が短い気がする。
便は相変わらず半液状だが、今までに比べ結構な量が出るようになり、胃腸の動きも回復している模様。
Fortiniは濃厚なので、1回5mlずつ、1時間に2,3回のペースで与えたが、朝10時の体重測定で少し動いた後に嘔吐。
食べたものすべて吐いてしまった。。。
ピーチ味のFortiniもどうやら口に合わないようなので、違うものにしてもらった方が良さそう。

嘔吐の後、スッキリしたようで

 「立つ!」

と急に叫んで立ち上がり、

 「治すぞ!!」


と両手を上げてポーズをとる息子。
安静必須なので、

 「ダメダメ!」

と慌てて座らせたが、ちょっといつもの素が出てきた感じ。
嘔吐後も病院食のマカロニチーズを食べたがったりと、食欲は変わらず。
ペースに気をつけながら食事を与え続けたが、夕方から腹の不調を訴え、その後何も食さず。
22時頃に少し回復して少し食べたが、歯を磨いた際にまたも全て嘔吐。

2週間以上ほぼ何も食べずに来ていたので、固形物を食べるときのペース調整はなかなか難しく、一進一退の感は否めない。。。が、徐々に快方に向かっているのも事実。気長に構えるしかない、と改めて思う。

付添いの看病はキツイ。本当にキツイ。
コロナの影響で付き添いの交代も禁止されているので、気分転換に少し出歩くことすらできないし、定期的に苦しみだす息子と二人で狭い部屋にいつづけるのはメンタル的にもなかなかにしんどい。

 「なんとかして~・・・」
 「パパ助けて~・・・」

と叫びながら、腹痛に苦悶の表情を浮かべて耐える息子を見ているのは本当に辛い。
息子が寝ている隙に、5日ぶりの入浴。
快方に向かってはいるが、息子のそばをある程度の時間離れるのはまだまだ難しい。


3月 2日(火):
発症21日目入院14日目

朝、気持ち悪い、おなか痛いと言っていたが、程度は低いようでYouTubeを見せるとそれに集中して過ごしてくれる。
プレイチームという子供を楽しませてくれる方々がいて、いただいたレゴで遊んだりするようにもなった。

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私も疲れが体に現れてきたようで、食事をすると胸焼けするようになってきた。
気が張っていてあまり疲れを感じないのだが、体は正直だ。

看護師の方がベッドシーツ交換をしに来てくれ、その間息子をシャワーに連れて行くように言われた。
まだ立ち上がれるほど体力は戻っていないので、シャワー室のバスタブに座らせて3週間ぶりの入浴。
食欲は回復しつつあるので安心感はあるものの、バスタブに座る痩せこけた息子を見ると、

 可哀想に、、、こんなに痩せてしまって・・・

と思わずにはいられない程の変わり様であった。
午前のドクター回診の際、リモート参加していた妻が

 交代禁止なのは承知しているが、長期入院に付き添っている父親の体調も心配。
 明後日の木曜日に交代をさせてもらえないか?

と、相談してくれ、午後の回診の際にドクターからOKの回答がもらえた。
St. George Hospital にいたときに聞いた看護師の話によると、付き添いは原則交代禁止ではあるが、妥当な理由があれば例外として認められるとのことであった。
多分、NHS共通でこのルールで動いているのだろう。

夕方、妻が私の夜食に持ってきてくれたお茶漬けの香りに息子が反応。

 なにこのいい匂い!?

と、食欲を刺激されたらしく、息子がお茶漬けを食べたいと言い出した。
これ幸いと与えてみると、美味しかったようでペロッと平らげた。
この日は良く食べ、嘔吐も無かった。

 

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IgA血管炎・イギリス闘病記⑨ イギリスの病院食

入院から1週間は非常に過酷な日々でしたが、ここからは経過観察しながら徐々に回復していく日々が続きました。

2月24日(水):
発症15日目入院8日目

この日は妻が終日付き添い。
LINEや電話で息子の様子を教えてもらっていたが、吐き気や腹痛は定期的に襲ってくるようで、あまり昨日とは変化なし。
点滴のカヌラが刺さっている方の腕が浮腫んできたようで、逆の腕に刺し直しをしたそうだ。

午後、予定通りにKingston Hospitalへ移動。
家からは車で5分、歩きでも20分ほどの近場なので、これで何かと便利になることも多い。

Kingston Hospital到着後、すぐ病室に案内されるわけでもなく、控室のようなところで長らく待たされたそう。

明日、妻と付き添い交代することに。


2月25日(木):

発症16日目入院9日目

交代前にASDAで日々の食材を購入。
たんまり買い込んでその足でKingston Hospitalへ移動し、妻と交代。

 しばし娑婆の空気とはお別れ

というのはこんな気分か。。。

二日ぶりに息子と再会。
パラセタモールの投与間隔は最低6時間必要で、1日最大4回投与可能。
この鎮痛剤が効いている時間帯は調子が良く、YouTubeを見るか寝るかしてる時間がほとんど。

大体4時間くらいで薬の効果は消えるようで、次の投与まであと1時間とか残っているところで腹痛や吐き気が襲ってきてうなされ出す、、、というのが繰り返される。

 現代で薬があるからいいが、、、昔はどうしていたのだろうか?
 ただただ苦痛が過ぎ去るのを耐えるしかなかったのだろうか・・・?
 こんな長期間なにも口にできなかったら、それだけで衰弱して亡くなって
 しまっていたのではなかろうか?


息子の体調が安定している時間が増えたことで、こんな無意味なことを考える余裕も出てきた。

少し食事をしようということになり、食パンを1/4ほど食べたが結局嘔吐。
水も一日1500ccを目標に飲むように言われた・・・が、そんなに飲めるはずもなく。
経過観察のために、

 何をどのくらい食べたか?
 何をどのくらい飲んだか?
 おしっこ、うんちは何回したか?

を記録するように言われノートに書き留めるようにした。
定期的に看護師が進捗を尋ねに来る。

この日、これまでとの違いとして大きかったのは、食パンを1/4ほど食すという食欲を見せたところ。
発症後からほとんど固形物は食べていなかったので、まともに食べたのは16日ぶりである。
結局吐いてはしまったが、徐々に食事をとれるようになりそうだ。


2月26日(金):
発症17日目入院10日目

この日私が昼食で貰ってきたマカロニチーズを見て息子が食べたいと言い出した。

 食欲が回復したのであればこんなに嬉しいことは無い!

・・・のだが、

 こんなヘビーなものいきなり食って大丈夫か??

とも思ったので、よく噛んで食べるように言い聞かせマカロニを1本ずつ息子の口に運んだ。
2週間以上食事をしていなかった息子の体重は24kgから19kgまで減ってしまっていた。

食欲が回復しつつあることを妻に伝えたところ、

 欧米のこってり病院食はまだまだ息子の胃には重いだろう

ということでお粥を作って持ってきてくれた。
だしの味が効いた香りの良いお粥で、10分に小さじ1杯くらいの超スローペースではあるが息子も好んで食べた。
・・・が、マカロニチーズなどのこってりパスタの方も食べたいとせがむ息子。
味覚は欧米寄りなのだろうか??

食事の話が出たついでにNHSの病院食について触れておこうと思う。
NHSの病院食は、入院中の小児患者だけでなく、その付き添いの保護者にも支給される。
入院費無料なのに食事までついてくるのだ。
念のため言っておくと、ここだけ切り取って

 イギリス医療素晴らしい!

などと思ってはいけません。

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Kingston Hospitalの食事はまあまあ美味しくて私もさほど抵抗なく食べることが出来た。
朝はパンと飲み物といった軽食で、8時以降に看護師の方がパンや種類や飲み物の種類を聞きに来てくれる・・・が、忘れられて聞きに来てくれないこともしばしば。
昼と夜はナースセンター付近で給食のおばちゃんみたいな感じの方が食事を配ってくれる。
メニューはパスタや揚げ物、デザートなどガッツリのお食事が基本。

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一方で、転院先であったSt. George Hospitalは結構しんどい味が多かった。
朝食はKingstonと同じくパンと飲み物といった軽食。
昼と夜は食事係のスタッフの方がメニューを持ってきてくれるのでそこから選ぶ形式。
これはまあ、私の知識の問題もあるのだろうけど、メニューに書いてある大半の料理が正体不明。。。
ローストビーフなど、正体が分かるものをなんとか探し出しての注文したのだが、3回連続で口に合わない冷凍食品が届いたので早々に降参。
それ以降は無難なサンドイッチだけ頼むようにした、、、が、これもパンがぱっさぱさで辛かった。

これまで息子は食事が出来なかったので、私の分しか貰わなかったのだが、この日以降は息子の分も貰うようにした。
St. George Hospitalの食事は不味かったので、息子の食欲が回復したのがKingston Hospitalで良かったなと思った・・・。

この日もパラセタモールが切れると腹痛を訴えた。
特に夜に耐えられないほど痛むようで、背中をさすったり抱っこして歩いたり足をもんだりして苦しい時間を乗り切る。 

 

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IgA血管炎・イギリス闘病記⑧ 妻と交代

2月22日(月):
発症13日目入院6日目

4時、6時、10時、13時、17時、19時、とかなりの頻度で足揉みをした。
最初は痛がっていたが、途中からは痛いながらも心地よさも感じているようで、足揉みを催促するようになった。
妻の知り合いで某大学病院の教授の方がいて、その方が相談に乗ってくれたそうだ。
アドバイス、、、というか見解として以下のような内容を頂いた。

  • 小児は予備力が少ないので、すぐに症状が悪化しやすい。一方で回復力は大きいので症状改善も急速。コロコロ症状が変わりやすい。
  • ステロイドは即効性が無いので、早い段階に短期間使うというのが原則。初期を過ぎてしまった今となってはあまり効果を望めないと思う。
  • 担当医が変わるのは日本以外の先進国では当然のこと。医師も仕事と割り切って働いており、日本のようにボランティア精神で働く医師がいる(今や日本でもそうは言えないかも?)ことの方が世界標準でみると少数派。

特にステロイドの話は昨日落胆していただけにありがたい情報であった。
そういえば私も以前、顔面神経麻痺という病気で入院したことがあったが、

 症状のピークをなるべく低く抑えるためにステロイド剤を使います

という説明を受けたことがあったのを思い出した。
その時は「ふーん」くらいしか思っていなかったのだが、なるほどステロイド剤にはそういう特徴があるのか、と十数年越しに腑に落ちた。
こっちの医師もこういう説明をしてくれるといいのだが。。。

点滴用のカヌラが痛いと言い出し、交換することに。
針を刺す行為は病室担当の看護師では出来ないようで、毎回その行為が許されている医師(もしくは資格持ちの看護師?)が来る。

息子の場合、衰弱して血管が細くなっているようで、針刺しが一発で成功することがほとんどなく、麻酔無しで何度も刺されて結局失敗したことがあった。

それ以降は、血液検査やカヌラで針を刺すときは、必ず麻酔クリームをしてくれるようにお願いをしていたのだが、こういうお願いもさっぱり共有されない。

針刺し処置のためにやってくる医師は毎回別人であり、こちらが黙っていたらそのまま針を刺そうとするので、都度麻酔クリームをしてくれるようにお願いしていた。
子供相手なので、医師達は皆快く了解してくれるのだが、

  • その医師が看護師に麻酔クリームをお願いし、看護師が麻酔クリームを塗ってくれるまで1時間
  • 麻酔クリームを塗って麻酔が効き始めるまで40分
  • そして、針刺しができる医師が再びやって来るのは4~5時間後

皆忙しく、タイミングも合わないのだろうけど、あまりにも効率が悪い。
さすがに毎日頼んでいるのだから少しくらいは情報共有してほしいものである。
まあ、、、もともと期待していたかと言われれば、してなかったのだけど、、、やっぱり期待できないんだなぁ・・・と再認識。

さらにこの日は麻酔クリームの塗り方が悪く、結局麻酔の効いていない場所に針を刺すしかなくなってしまった。
そして案の定一発で針刺しを成功させることはできず、何度も探るように針を刺された息子は、

 もうやだ~、もうやだよぉ~・・・

と、泣きながら耐えていた。
また痛い思いをさせてしまい、息子に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。。。
次回からクリームは広めに塗ってもらうようにお願いしなくてはいけない。

この日くらいから徐々に、本当に徐々にではあるが快方に向かい始めた。
足揉みが効いたのか?もうピークを過ぎたのか?どちらかは分からないが、良く寝るようになり、喋り声も力がこもってきた。
妻は仕事の調整があり、明日交代することに。

2月23日(火):
発症14日目入院7日目

午前3時に息子が嘔吐し、シーツ交換に。
付添いは24時間いつでも対応が必要。大変だ・・・。
24時間体制で対応してくれるNHSにも感謝の気持ちは大きかった。
雑な対応が多い、、、というか多すぎるのが「玉に大きなきず」ではあるが。

午前10時にまた嘔吐。
看護師が定期的に胃の中のものを、鼻チューブ経由で吸引してくれているのだが、抜き残しがあったりして嘔吐することも。
ただ、裏を返せば、しっかり吸引しなければまだまだ嘔吐してしまう状態ということでもある。
IgA血管炎を調べているうちにたどり着いたアメブロがあり、その方のお子さんの場合は入院50日でようやく退院になったそうだ。。。

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今日で発症2週間、入院1週間。
腹痛・嘔吐などはやや減少傾向に感じていたが、紫斑は増加傾向。
薬や胃液吸引で症状が緩和されているだけで、実際のところはまだまだ山を越えていないのかも知れない。
息子の入院も長期化するかもな・・・と、何とも不安になる。

昼過ぎに妻と付添いを交代。
一週間ぶりに外の世界に触れた。

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入院前は咲いていなかった水仙がチラホラと咲いていて、春の訪れにつかの間ではあるがなんとも清々しい気分になる。
妻から家の空気の入れ替えや、掃除の続きをしておいて欲しいとお願いがあったので、思い切り大掃除をした。

妻から連絡があり、医師から、

 この病院でできる処置はもう完了したので
 明日Kingstonの病院へ戻ってもらいます

と言われたとのこと。
Kingston Hospitalであれば、家から歩いていける距離である。
病院が近くなることは看護する側としてはありがたい話であるが、一方で、設備が劣る病院に戻されることについて少々不安も感じた。
・・・が、処置が終われば元居た病院に戻るのがルールのようで、従う以外ないようだ。

数日のうちに妻と交代して病院に戻るつもりだったので、細々とした私の荷物は全て病室に置いてきてしまっていた。
明日の転院の際に、それらも妻一人で持って移動と言うのはかなり無理があったので、19時頃に一部の荷物を引き取りに再び St. George Hospitalへ。

駐車場へ到着し、妻が荷物を持ってやって来るはずだったのだが、なかなか出てこない。
暫くして連絡があり、息子の点滴の不具合調整対応が入ってしまったとのこと。
妻が医師に説明したところ、

 あなたが行くのではなく取りに来させなさい

との指示があったそうだ。

たしか、病棟に子供は入ってはいけないとの貼り紙があった気がしたのだが、、、娘を一人で駐車場に残していくと、それはそれでこの国の法律上マズイことになるし、そもそも危ないしで、娘と二人で病棟まで向かった。
そのまま病室の前まで行き、荷物を受け取ったところ、案の定

 患者以外の子供をここに連れてきてはいけませんよ!

と注意を受ける。。。
妻に指示した人とは別の人なのだろう。
いちいち反論するだけエネルギーの無駄なので、

 あ、すんません

とサラッと言ってそそくさと退散。
久々に家でゆっくり風呂に入って床に就き、次の付き添いに備え体力を回復。

  

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IgA血管炎・イギリス闘病記⑦ 治療方法の違い

2月21日(日):
発症12日目入院5日目

最初にIgA血管炎の説明をしてくれた小児科医は、

・この病気についてはNHSの治療ガイドラインがあるのでそれに従って治療をして行くつもりである
・イギリスでもプレドニゾロンを使うことがあるが、腎機能への影響が見受けられた場合に使うのが一般的

という説明をしていた。

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このガイドラインを昨夜妻がWeb上で探し当て(よう見つけるわホントに・・・)、内容を見たところ、

 腹痛は大抵の場合72h以内に治まる。
 腹痛が深刻な場合はプレドニゾロンステロイド剤)の使用を検討する。

と書かれており、、、小児科医の説明とはだいぶ異なる内容であった。
私の質問に対し、その場で出まかせを言ったのか、本当にそう勘違いしていたのか、どちらかは分からないが、不正確な受け答えに思うことは、

 ああ、、、またこういうやつか。。。

である。
息子の場合、ガイドラインにある72hはとうに過ぎているし腹痛もずっと訴え続けている。
日本では治療にこのステロイド剤を使うのが一般的のようで、夫婦間でもやはりこの薬を使ってほしいという話になり、昨夜いた夜勤の医師をつかまえてお願いした。
・・・が、ここで壁。

コンサルタントというタイトルの小児科医が治療方針を決定する権限があり、そこに話を伝えないと進められないとのこと。
ただ、その夜勤医師がガイドラインを読む限り、息子の症状にはプレドニゾロンを使ってもいいと思うので、そのようにコンサルタントに伝える、とのことであった。

そして、そのコンサルタントと話す機会を待っていたのだが、、、朝一でやってきたのは外科医であった。
転院して来た時に診てくれた外科医である。
嘔吐が続いていて、その色も芳しくないことから、腸閉塞や腸ねん転などを起こしていないか確認した方がよいとの理由で、造影剤検査を勧めてきた。
・・・これは悩んだ。

プレドニゾロンの投与をしたら治るかもしれないのに、かなり衰弱している息子にこの上さらに造影剤検査と言われても、簡単に

 はいそうですか

などと言えない。

その前にプレドニゾロンの投与について話をしたいと伝えるも、ここでまた縦割りの壁。
日本の主治医のような考え方はNHSでは存在せず、小児科医と外科医はそれぞれが独立して動きを取るようで、

 私は外科医なので、その件について話すことはできない。
 小児科医にあなた方の希望を伝えることはするが、
 外科医の視点からの提案しかできない。

というのが外科医の返事。
本当に小児科医に希望を伝えてくれるか怪しいもんだが、とりあえず造影剤検査の詳細を聞くと、

 鼻チューブから造影剤(バリウムではない)を注入する。
 その後のレントゲン検査は20分くらいかかる。

とのことであり、息子の体力が不安ではあったが、小児科医が来るのもいつになるか分からないので、検査をしてもらうことにした。

検査場であるレントゲン室までの移動は、ポーターと呼ばれるスタッフが担っており、息子が寝ているベッドをそのまま押して行ってくれる。
昨日の鼻チューブほどではないが、何度も何度も検査場へ連れて行かれることにストレスを感じ、

 もうやだよぉ~~
 やりたくないよぉ~~

と泣きながら訴える息子を励ましつつ検査場へ移動。
検査の最中も、左・上・右向き、と、次々に体の向きを変える必要があり、その都度苦痛を感じるようで息子はずっと泣いていた。

リアルタイムでレントゲン映像がモニタに映し出されるのだが、造影剤が途中で流れなくなったように見えて、一瞬閉塞しているのかと思いヒヤッとしたのだが、どうやらこの検査は胃から小腸の手前くらいで終わりらしく、単に終点に達しただけであった。
この後、残りの部分は普通のレントゲン検査を受け、問題なしとのことであった。

病室に戻り、小児科医が来たのは昼過ぎであった。
医師との会話は妻にも参加してもらった(というかほとんど妻がしゃべってくれたが・・・)。
日本の治療論文の英語版を見せたり、ガイドラインの内容をもとに会話した結果、コンサルタントガイドラインを確認し、今日中にプレドニゾロン投与可否の結論を出すということで約束してくれた。

入院開始から今日まで息つく間もなく検査の対応、調べ物、息子の看護を続けてきて、ここでやっと一息ついた感があった。

思い返してみると、ここ数日は本当に息子のことだけを考えていた。
見せかけだけでもと強く振舞い、背中を押すような言葉を無理やりかけ続けてきた。
まだまだ幼い六歳の男の子にとって酷でしかないということも分かっていたが、それでも本人の前ではその態度を変えることはできないわけで、そんな状態が続き私もだいぶ情緒不安定になっていた。

息子が寝るベッドの横に大きな窓があった。
その窓枠から見える景色を見て、

 これが東京のそれであればどれだけ良かっただろう・・・

などと悲観的な事ばかり考えるようになっていた。

昨日今日と息子の担当になっていた看護婦は親切な人で、一息ついたこの瞬間に

 お父さんお疲れでしょう、今日はまだコーヒー飲んでませんよね?お持ちしますよ。

というようなことを言ってくれ、情緒不安定な私は不意に掛けられた優しい言葉に感極まって号泣。
彼女の名前は、親しくしてくれている英国人D爺の奥さんと名前が同じで、

 もしかしたらこの名前は私らにとってラッキーネームなのかもしれないな?

などと思いながら、彼女にお礼を言って少し座って待っていた、、、が、彼女はそのまま戻ってこなかった。
こんなのも海外あるあるだ。・・・まあ、きっと、忙しかったのだろう。

最初に持ち込んできた衣類や日用品も尽きかけていたので、妻と娘がいろいろと追加物資を持ってきてくれた。
荷物の受け渡し場所は駐車場。
息子の病室は、駐車場から最も離れた病棟の5階にあり、駐車場までは6、7分かかる。
往復で15分ほど病室を開けることになるが、息子も鎮痛剤が効いている時は落ち着いているので、近くにいた看護師に少し不在にすることを伝えてから駐車場に向った。
駐車場に行くと妻と娘が待っていて、娘が笑顔で駆け寄って来てくれた。
息子が病室で待っており長居はできないので、顔を合わすことが出来たのはほんの15秒程度。
荷物を受け取って別れた後に振り向くと、泣いている娘の後ろ姿が見えた。
・・・これもまた辛い。
ロックダウンの影響で、一日中家で子供たちの相手をすることに辟易していたのはほんの数日前のこと。
安穏と過ごす日常はこうも急激に変わってしまうものか。
当たり前のように過ごしていたあの時間が、いかに恵まれたものであったのかをひしひしと感じされられるばかりだ。

昼過ぎにコンサルタントに治療方針の検討を依頼し、

 あとは息子にプレドニゾロンの投与をしてもらえれば見通しも明るいだろう。

・・・と思っていたのだが、夕方に再度説明をしに来てくれたコンサルタントの判断は、

 プレドニゾロンは使わない

であり、期待に反するものであった。

 ガイドラインに書いてあるのに何故そのような判断になるのか?

と質問したところ、

 この疾病でプレドニゾロンを使った実績が少ない

というのがコンサルタントの答えであった。

 ではどのような症状ならプレドニゾロンを使うのか?

と聞いてみたが、

 コンサルタント一人の判断ではなく、薬の専門家や、同じ病院内の医師とも討議した結果の判断。
 ガイドラインに書いてある内容とは異なるが、当院の判断はこうなった。

とのことで、結局ピンボケ回答しか得られず、食い下がってはみたものの結論は変わらず。
話の感じから、どうやらこのコンサルタントはIgA血管炎の治療でプレドニゾロンを使った経験が無いようだった。
対処療法を続けているだけで自然治癒することも多い病気なので、自信の持てない投薬に関して責任を負いたくなかったのだろう。
期待していただけに落胆も大きかった。

プレドニゾロンの望みが消え、あとは息子の生命力に頼るしかなくなってしまった。
発症から今日までの12日間、息子は飲み物以外ほとんど口にしておらず、目に見えて痩せ、衰弱していた。

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回復の手助けに何かできることは無いかと考え、息子の足を積極的に揉むようにした。
我々夫婦は健康法としてもうかれこれ10年以上足ツボマッサージを続けていて、どこにどのツボがあるのか大体頭に入っている。
副腎のツボを押すと体内のステロイド分泌が促進されるので、ステロイドつながりで多少なりプレドニゾロンの代替効果が得られるのではないか?との考えから、これまで1日1回程度軽く揉んでいたのを、少し強めに丁寧に、回数も増やして揉むようにした。

すると、最初に強めに揉んだ1時間後くらいに、少しオモチャで遊びだすようになった。
強めの足揉みが効いたのか?これまでの軽い足揉みが効いたのか?それとも単に病のピークを越えたのか・・・?どれか分からないが多少なりとも好転が見られたのだから止める理由はない。子供の足は小さい。片足10分もあれば揉めるのでこの後も頻繁に揉むことにした。

息子が寝ているすきに付添者向けのシャワー室へ。
妻が持ってきてくれた入浴道具一式で5日ぶりに体を洗った。
本当に目まぐるしい5日間だった。
10分くらいの行水であったが、この10分の確保すら困難な5日間であった。

看護師の方々は2交代制で、毎日9時と21時に交代の引継ぎミーティングを開いていた。
ちょうどこの時間にシャワーを浴びていたのだが、病室に戻ったところ、ホットコーヒーの入ったマグカップが置かれていた。
昼間の約束は忘れられたと思っていたが、ちゃんと覚えていてくれて、退勤前に作って行ってくれたようだった。
温かいうちにありがたく飲ませてもらった。

入院初日から今日まで、1日どのくらい睡眠をとったのかよくわからない。
細切れに30分とか1時間の睡眠をとっていたような気はするが、ほとんど寝ずに今日まで来ている。
気が張っていて疲れを感じないが、無理が効く歳でもないので、近々妻と看護を交代してもらうことにした。
 

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